ねぎ秘密結社
2000.01.31 ◆ 久我の暴走、在素の涙


仙波継人が開発研究室から総務部秘書課へ
異動となってから、数週間が過ぎた。

継人の社長秘書も、だいぶ様になって来ていた。
最初は、オフィス内の誰もが違和感を感じていたものだが。
社長の過密なスケジュールをさらりとまとめ、
社長のワガママな申しつけにも黙って応対するなど、
開発研究室所属時代に身につけた仕事の手際の良さには
ベテラン社員をも感心させるほどであった。

午後6時。
珍しくほとんどの社員が定時で帰った中、
逆にいつも定時で帰ることの多い継人と、社長が
社長室で仕事の後かたづけをしている。
「仙波くん、この書類、在素ちゃんに渡してきてくれる?」
「は?そのくらい自分でやれよ。一つ下の階じゃねーか」
態度のでかさと口の悪さは相変わらずである。
「いいから行ってきてってば!
私はこれからエビチリポテト買いに行くんだもんね!じゃぁね~♪」

社長は今ファーストキッ●ンに凝っている(笑)
嬉しそうにオフィスを後にする社長。
病み上がりにしつこいもの食べて平気なのか?(爆)
「…ったく…」

開発研究室。
継人は、総務部秘書課に異動になってから、
研究室へは必要以上に足を踏み入れていない。
行けば、行く度に久我恭一郎に付きまとわれるからだ。

だが、ここ数日、恭一郎は行動がおかしくなってきている。
おかしいのは常々そうなのだが…
開発研究室の別館に籠もったまま、出てこないのである。
トイレのために部屋を出る以外は、全くと言っていいほど。
何をしているのかさえ、誰にも絶対に教えない。
そして、別館への研究室員以外の入室を頑なに断っている。
研究室員以外で唯一仲のいい沢井英司ですら
入室を許されなかったようだ。
(…ま、何やってよーとオレにはもうカンケーねぇけどな)
いろいろと考えを巡らせているうちに、研究室の扉の前にたどり着く。

…ガチャ

「…誰もいねぇのか?」
研究室内は、実験台の上の電気が皓々と照らされているだけで、
人の気配が全くない。
おそらく、全員が別館で恭一郎の手伝いをしているのだろう。
「…まぁいいか。ここに置いときゃ誰か拾うだろ」
そう呟き、継人は社長に渡された書類を、実験台の上に置く。

(……はぁ……っ)

「…!?」
誰もいないと思われた研究室の奥から、
かすかだが人の気配が感じられた。
薄暗い部屋の奥にある薬棚の前で、
小さな影が、息絶え絶えに横たわっていた。

「……在素!!」

「インフルエンザですね」

そう言って、継人が呼んだ医師は
聴診器と注射器、体温計をカバンの中に収める。
「…インフルエンザ…か…」
在素は苦しそうに、宿直室にあるベッドに横たわっている。
「熱は…39度5分…
それと、少しですが疲労が見られますね。
何か…無理な運動か何かをさせたんですか?」

普通、子供なら体力が有り余っているのだから、
疲労で倒れるなんてなかなかあり得ない、と、医師は首を傾げる。
在素がこの研究室で何をしていたのかまでは
知らない継人は、黙って首を振る。
医師は、継人に数日分の薬を手渡すと、
大事にするようにと言い残し、会社を去っていった。

継人は、在素が先ほどまで
手がけていたと思われる書類に目を通す。
恭一郎を始めとする研究員達が、
普段こなしている仕事ばかりである。
つまり、常々の業務をほったらかして、
今、恭一郎が没頭している『何か』の作業に、
皆手が行ってしまっているのだ。
だがそれでは、会社の一部門としての、
「開発研究室」としての役割が成り立たない。
その穴埋めを、在素がしていたのだ。
医師の言っていた「疲労」とはそのためだったのだ。
「…あの男…娘が熱出したのにも気付かねぇのかよ!!!」
次第に、沸々と怒りがこみ上げてきた継人は、
研究室別館へと足を向けようとした。

「……継人さん……」

宿直室を出ようとした継人の背後から、か細い声。
「…在素!? 大丈夫か?」
継人の問いに、在素は答えない。
おそらく『うわごと』だろう。
苦しむ在素の瞳から、涙の雫がこぼれ落ちる。

「……継人さん……お願い……
………………お…父さんを…止めて………」


(一体……何やらかそうってんだ!? あのヘンタイ野郎!!)

継人は、在素のやりかけた仕事の書類を研究室に置いた後、
研究室別館へと向かおうとした。
だが研究室で、偶然にも上総と居合わせた。
「ああ、仙波くんじゃないですか。ここで会うのは久しぶりですね」
いつもと変わらない、穏やかな口調の上総。
だがそんなことはお構いなしに、継人は上総に詰め寄った。
「テメェ、今まで別館にいたんだろ!?」
「ええ、これからまた戻るところですが」
「ヤツは…久我は、何をしようとしてるんだ!?」
継人は、元々は恭一郎を問いただすつもりであった。
だが、よく考えてみれば、元凶である恭一郎が
そう簡単に口を割るとも思えない。
そう思った継人は、上総を問いつめることにしたのである。
「…それは、教えられませんね。これは研究室内の極秘ですから。
久我博士にもそう固く言いつけられていま……………っ!?」

案の定、上総も簡単には口を割らない。
それも予想がついていた継人は、実験台の上にあった
細目の試験管2本を、有無を言わさずに上総の鼻に奥深く差し込んだ。
「言わねぇなら、テメェの鼻の穴ん中でコレ割るぞ?」
間を持たせない継人の脅迫に、上総は一気に青ざめる。
逃げようにも、下手に動けば自殺行為に成りかねない。
それに、腕力では圧倒的に継人の方が上である。
勝ち目など無いに等しい。
「わっ…わかりましたっっ!!!言いますっ、言いますから!!!
久我博士は、この会社を支配するために『あるモノ』を造っているんです!!!
それがなんなのかまでは、僕を含む研究室員は、誰も知りませんっっ!!!」

試験管を鼻に挿されたまま、上総はあたふたと話し始める。
「…他の研究室員は、それを知っててヤツに荷担してるのか?」
「いえ!僕以外の研究室員は、みんな久我博士に操られて、
寝ずに作業をさせられてますっ!!」

「…そこまでわかれば上等だ」
とりあえず、知りたい情報を得た継人は、試験管から手を離す。
「テメェは別館に戻るな。宿直室にいる在素の面倒を見てろ!」
そう上総に指差すと、継人は別館に向かい、走り出した。

「……仙波くん……怖い……」

鼻に試験管を挿したまま、上総はよろよろと床に尻を着いた。

久我恭一郎の暴走を止めるために。
そして、在素の涙に応えるために。
継人は、久我恭一郎の待つ開発研究室別館へと、走り続けた。

(続く)

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