「どうも、明けましておめでとう。良く来てくれたねえ~、照美さん」

新年で、お酒も入ってかなり上機嫌の次郎の父、孝信に声をかけられ、
思わずそっぽを向く照美。

「あ、あはい、おめでとうございます………あの、そのすいません………
一度婚約破棄したっていうのにまたこの場に……ですね」

「破棄? あぁそんなこともあったねえ~! まぁこうなる事は私はわかっていたよ。
無事まとまってくれて何よりだよ。はっはっはっはっはっはっは!」

何もかもお見通しでした、と言わんばかりに、孝信は照美の背中をぽんぽんと叩く。
「君のお祖父さんが言っていたよ。孫は頑固者で天邪鬼なところがあるから、
逆に放っておいたほうがうまくまとまるってね。全くその通りだったな!
さすが、孫のことは良く分かってらっしゃる!」

(なんだと……あのくそじじい……)
最初の婚約破棄をいともあっさりと承諾したのは、
自分の祖父が口添えしていたからであったのか。

しかも祖父の言葉通りにまとまってしまったことに、
照美はさらに恥ずかしさと悔しさを覚えた。

「次郎は政治家ではないし私の後継者になるというわけでもないのでね。
この新年パーティーのステージに立って紹介、
というのはしてもらわないことにしているが……
照美さんは、もう我が家の一員も同然なのだから、楽しんで行きなさい。
後で落ち着いたら、家族のことも紹介しよう」


(家族………)

先ほど『兄嫁』と紹介された、着物の汚れを落としてくれた女性、あこ。
雇い主側の人間であるにもかかわらず、他の使用人達に混じって、
いそいそと料理を運んだり、お茶を入れたりしている。
息子の嫁である彼女が、お手伝い同様の行動をしていることに、
孝信はなんとも思っていないのだろうか?

「……あの、先ほど……次郎さんから、紹介してもらったんですけど……彼女のこと」
あこに気付かれないよう、恐る恐る、彼女を指差す照美。
「……あぁ、彼女のことか。」
孝信は、若干寂しげな笑みを浮かべて、軽くため息をついた。
「最初、お手伝いさんかと思っちゃいまして……まさか、お義姉さんだとは……あはは」
照美は、かなり遠まわしに、
『彼女も泉家の一員であることには変わりないはずなのに、なぜ使用人みたいな扱いを?』
と尋ねたつもりである。
それは、孝信も気付いていた。
「彼女も、いつまでもここにいても仕方ないとは思うんだがね……だが……」
あこに向けていた寂しげな視線を、今度は照美に向ける、孝信。
「……君が来てくれたなら、彼女もようやく、諦めがつくかもしれない」
「あたしが……? どういう、ことですか?」







昼の新年パーティーは終わり、夜になると。
泉邸の広い客間に、ごく近い親族だけが集められ、新年会が開かれた。
今度は政治関係のパーティーではなく、どこの家庭でも行われる身内だけの新年会なので、
この場でようやく、照美は紹介されることになった。

「どうも初めまして!お会いしたかったわぁ~照美さん!
あの南屋さんのお嬢様なんでしょう?お話に聞いていた通りかわいらしいお方!」
「次郎君より年上って聞いたけど……全然そうは見えないわぁ!」
「こんな立派なお家柄のお嬢さんを迎えて…孝信さんも安心だろうねぇ!」


泉家親族の大歓迎でもみくちゃになりながら、
照美は内心面倒くさいと思いながらも一生懸命愛想笑いを振りまく。

しかしそんな中でも、照美は先ほどの孝信の言葉から、
あこの事が気になってたまらなかった。

親族だけの集まりの中でも変わらず給仕をし続ける、あこ。
その姿は、……傍から見れば幸せの頂点にいる照美から視線をそらすためにも、見えた。

「……あこさん」
照美からの呼びかけに驚いたのか、背中を大げさにびくつかせる、あこ。
「はっ、はい! あ、お茶ですか!す、すぐに入れますから!」
「そうじゃなくて。あなたはここの…若奥様なんでしょう?
どうしてお茶くみなんてしているの?」

照美の率直な疑問の投げかけに、親族一同が一瞬、静まり返った。
「あ、あの……わ、私……」


20130113


「あこさん」
急須を持ったまま、困った表情で立ち尽くすあこと、照美の間に、孝信が割って入った。
「……いつも、お茶を入れてくれてありがとう。……けど、君はもう……」
孝信が、決定的な何かを言おうとしたその瞬間。

「………わ、私………私、出て行きませんから !!!!
太一さんの妻としてじゃなくてもいい……
使用人としてでも、ここにいたいんですっ……!!!」


それだけ叫ぶと、あこは泣きながら客間から飛び出していった。








客間には、何ともいえない空気が漂い、その後は孝信が適当に挨拶を済ますと、
親族達は逃げるように、散り散りに帰っていった。
そして残されたのは、次郎と照美と孝信のみ。
孝信は、照美が泉家に入る以上、泉家の『暗黙のタブー』も知ってもらうべきだと思い、
その場で語り始めた。

「太一……私の長男と、あこさんが結婚したのは5年前、
太一が23歳、あこさんが18歳の時だった。
彼らは幼い頃からの付き合いで、彼女が高校を卒業したら結婚しようと、
随分と前から約束していたらしい。
だが結婚してわずか一年で……太一は死んでしまった……」

孝信の、最愛の息子の死を語るその辛そうな表情は、
今でもその心の傷が癒えていないことを明らかにしていた。

これ以上語らせるのは酷だろうか、とさえ思わせるほどの辛さを感じ取った照美だが、
心の中で申し訳なく思いつつも、孝信の次の言葉を待った。
「……兄さんは、家の階段を踏み外して……その時の怪我で亡くなりました」
言葉を詰まらせてしまった孝信に代わり、次郎が口を開いた。
「兄さんが階段から落ちた瞬間を目撃した人は誰もいなかったんですが………
警察の調査の結果は、事故死でした。でも………
階段の下で倒れていた兄さんを最初に見つけたのは、あこ義姉さんでした。
……そのせいで……親族の一部から、義姉さんが…
財産目当てで兄さんを殺した、なんて言われて……」

「………ひどい………」
次郎も辛いのか、腕を小刻みに震わせる。
照美はそれをなだめるように、無意識にその腕にしがみついていた。
「……私は、あこさんの名誉のためにも、それは絶対に有り得ないと否定した。
それ以来親族は、太一のことを語ることは無くなった……
だが、当時あこさんはまだ19歳だった。
まだ若い彼女が、この家に縛られるのは気の毒と思い、
私は彼女に泉家からの除籍を勧めた。
家を出た後の進学費用、または就職先は面倒を見るつもりだった。
だが彼女は、使用人としてでもこの家に残りたいと言い出したのだ」






それから4年。
彼女の気持ちも考えると、孝信はあこに何も言えなくなってしまったと語った。
夫との思い出深い泉家に留まりたい気持ちもあるだろうが、
泉家から除籍する際に進学や就職の世話を受けてしまったら、
それこそ財産目当てだと陰口を叩かれる。

あこは、敢えて泉家に残ることで、思い出の中で生きつつ保身を図っているのだ。
だがそれも、照美という新しい『泉家の嫁』が来ることで、
彼女も諦めつけてくれるのでは、と。

そこでようやく、照美は孝信の、自身に対する言葉を理解した。

孝信は憔悴しきって自室に戻ってしまい、次郎と客間に二人きりの中、照美は呟いた。
「……冗談じゃない……兄嫁を追い出す理由に、あたしがなってたまるかっての…… !!」
「……て、照美さん?」
「泉君。あこさん探して!……ちょっと、あのお義姉ちゃんと話したいことがある!」





(つづく)