20130106

「………めんどくさい………」


車の助手席にもたれながら、南十字照美はため息混じりに愚痴を吐き捨てた。
確か、前の正月も同じ言葉を吐いた記憶がある。
その時も、今と同じ場所へと向かっている時であった。
だが……。
「どうしたんですか? 照美さん。
……あぁ、やっぱり毎年年始の挨拶のパーティーは面倒くさいですよねー。ははは」

そう言って、運転席にいる泉 次郎が笑いながら答えた。
今回は前とはまるで状況が違う。
「さ、着きましたよ」


車は、広い広い日本庭園のある豪邸前に停まった。
長野県でも有数の旧家「泉家」……次郎の実家。
県内で最大とも言われる権力を持つとされる政治家・泉 孝信…次郎の父が主催する
年始パーティーに、二人はやって来たのである。

「すっかり冬ですねぇ。滑りやすいので気をつけて歩いてくださいね」
泉家の広い日本庭園は、すっかりと雪化粧をしている。
雪は積もっていても、今日の天気は快晴で、植木や池のほとりに積もった雪に
太陽の光が反射し、キラキラと輝いて、とても美しい。
(前に来たときには、なかった光景ね……)
照美が、面倒くささも忘れて、美しい景色に若干心を奪われたが、
即座に「前の」出来事を思い出し、叫ぶ。
「あああああ~~~~~もう!めんどくさい!恥ずかしい!」
「!?」

そう、今回の泉家への来訪は。
次郎の、自分に対するあまりの腰の低い発言と、親達の身勝手、
そして自分の至らなさに自己嫌悪して怒鳴り散らして飛び出した……
あの時以来となるのである。
色々あったものの、その後次郎とは和解したが、親達が勝手に決めた婚約は一度破棄。
だがさらにその後、次郎とは結局交際することになったので、また改めて婚約…と、
照美にとっては恥ずかしさを通り越して、みっともなささえ感じられた。

この複雑な心境を、前日に次郎に電話で話してはみたのだが、

「一度婚約破棄したのにまた婚約者としてウチに来るのが恥ずかしい?
全然、気にすることないですよ!父は照美さんをものすごく気に入ってるみたいですし、
家族もそんな細かいことは気にしないですよ。いつも通り、堂々としていてください!」

「そりゃ、あなたは自分の実家に帰るってだけだから、
そんな気楽にいられるんだろうけど…」

「……それに、実家のパーティーに、父の名前を借りてではなく、
自分の権限で照美さんを招待できるのが、嬉しいんです。
色々と複雑な気持ちはわかりますが……
もし、不快や不安に思うことがあれば、正直に言ってください。
ぼ……ぼ、僕が、て、照美さんを、守りますから」


散々不平不満を撒き散らしてパーティーをすっぽかそうと思っていたのに、
次郎のこの一言が照美の心にクリーンヒットしてしまったがために、
つい招待を受けてしまった。





「えぇぃ……もう、なるようになれだわよ!」
泉家の親族に何を言われようと構わない、受けて立ってやる!
そう覚悟を決めた照美が、振袖をなびかせ両腕を高く掲げた瞬間、
雪で湿った地面で足を滑らせた。

「…きゃぁあっ!」
「照美さん!」
とっさに次郎が、自慢の反射神経で照美の身体を支えた。
全身、地面に倒れさせることはなかったが、
振袖の裾が少しだけ地面について汚れてしまった。

「あ~……ドジったわ……」

そこに、照美の悲鳴を聞いて駆けつけたと思われる、白いエプロン姿の若い女性が現れた。
「大丈夫ですか !? お怪我はありませんか !?」
「大丈夫……着物の袖が少し汚れただけだし。ごめんなさいね、騒がしくしちゃって」
「汚れ……あ、このくらいならすぐに落とせます!
お手数ですが、こちらに来て頂けますか?そんなにお時間は取らせませんので!」






泉邸の湯沸し室で、お湯を染み込ませた手ぬぐいで
振袖の汚れを優しくふき取ってくれる女性。

(エプロンしてるし…ここのお手伝いさんの一人よね。
 あたしよりも若そうだけどしっかりしてそうだわ……)

「……はい、大体綺麗に落とせたと思います。
 後でクリーニングに出したほうが良いかとは思いますが」

振袖の汚れも無事に落ち、照美がお礼を言おうとすると、
照美が口を開くのよりも先に、女性がポツリと呟いた。
「……次郎君と一緒にいらっしゃったということは、あなたが次郎君の……」
「……え?」

”コン、コン ”

気を利かせて湯沸し室の外で待っていた次郎が、恐る恐るドアをノックする。
「…お、終わりましたか~…?」
「もう終わったわよ。別に裸になってるわけでもないし入ってても良かったのに」
照美に促されて湯沸し室に入って来た次郎は、改めて女性のほうを見た。
「……ありがとう、義姉さん。」
次郎に義姉さんと呼ばれた女性は、どことなく寂しげに、首を振った。
「私には、このくらいしかできないから……」

姿は、どう見てもお手伝いさんにしか見えない。だが次郎の『義姉』となると…。
次郎は3人兄妹だが、上の兄弟はいない……『今』は。
訳が分からない、と言った具合に照美が眉間にシワを寄せていると、
察した女性が改めて挨拶をした。

「申し遅れました…! 初めまして。私、泉あこと申します。
次郎君の………………………………………義理の、姉に当たります」

次郎との関係を口に出しづらかったのか、
ものすごく間を空けて名乗るあこをフォローするように、

その後に次郎が付け加えた。


「あこ義姉さんは……亡くなった、僕の兄の奥さんなんです」





(つづく)