20120812

「お……お姉ちゃん……お姉ちゃんっ!!!」


ぼんやりとした頭の奥で、ずっと聞きたかった声が。
涙交じりで叫ぶように、聞こえる。

「……み……はる……?」

みひろは、ゆっくりと瞳を開けた。
目の前には、心配そうに覗き込む、自分と同じ顔を持つ妹の顔があった。
「お姉ちゃん……やっと、目を開けたよぉ!だいじょうぶ!? あたしのことわかる!?」
「みはる……あ、あたし……?」
「お姉ちゃん、熱中症で部屋で倒れてて…まる2日も眠ったままだったんだよ!
熱中症自体はそんなに重くなかったはずなのに、
意識が戻らないのは原因がわからなくって、いつ目を覚ますかわからない、とか
お医者さんに言われて……あたしもうどうしようかと……」

「熱中症……」
あの、冷房もつけずに勉強に没頭していた夜に、そのまま倒れこんでしまっていたようだ。
やはり、あれは夢だった。
だが……夢で良かった。これから幸せが約束されている、妹の人生を奪わずに済んだ。
「ごめんね……みはる……」
現実のみはるが知る由もないが、夢の中でも、
一時でも妹に成り代わることに満足した自分を悔やみ、謝罪した。

「どうして、あやまるの…? あやまらなきゃいけないのは、あたしだよ!
お、お姉ちゃんが……目を覚まして、くれなかったのは……
……あたしが、橘くんと結婚しちゃうからだ、って思って…」

「みはる……?」
「みひろちゃんが目を覚まさないなら、結婚しないとまで言われちゃって……」
泣きじゃくるみはるの背後に、いつの間にか橘が立っていた。
ずっとベッドの脇で看病していたのか、若干顔色の悪いみはるよりも、
さらに疲れた様子の橘が、苦笑いで答えた。
「こんな風にお姉ちゃんが倒れちゃうなら、結婚なんてしないもん!
やだ…やだよ!お願いだからおねえちゃんげんきになってよおお~~!!」

駄々をこねる赤ん坊のように、病室で大泣きするみはる。
姉が嫌なら自分の幸せなんて望まない、と言っているのだ。
「……ほんと……どこまで、バカなのよ……バカみはる。」
力ない腕を、ベッドから上げて。
みひろはみはるの頭をそっと、撫でた。
やっと、本物のみはるに会えた。
やっと、本物の自分に戻れた。
みんながいて、自分がいて。たったそれだけのことだけど。
それがどんなに幸せなことなのか。
みはるのぬくもりを感じながら、みひろは改めて実感した。
最高に愛おしい妹には、誰よりも最高に幸せになってもらいたい。
今、心からそう思った。

「………嫌よ。元気になんて、なれるわけないじゃない。」
みはるの頭に手を置いたまま、みひろは拗ねるように視線をそらす。
「……橘さんとちゃんと婚約して、将来、橘さんのお嫁さんになる、って
約束してくれないと、あたしは元気になんてならないんだから……」

「お、おねえちゃん……本当に、それでいいの……?」
「言っておくけど、橘さんは誰にも譲らないんだから……
………みはる以外には、ね………」


それだけ告げると、みひろは再度、瞳を閉じた。
だが今度は、心地良さそうな寝息を立てている。

「お姉ちゃん !?」
また意識を失ったのかと、勘違いしたみはるが慌てて呼びかける。
「大丈夫。眠ってるだけだよ。薬も効いてきてるみたいだし」
さっきから取り乱しっぱなしのみはるを、橘はなだめるように、優しく頭を撫でる。

冷たいお茶をいれ、二人はベッドで心地よく眠るみひろの様子を見ながら、語り合った。
「ありがとうね、橘くん。みひろちゃんの目を覚ましてくれて……」
「……僕は何もしてないよ。目を覚ましたのは、みひろちゃんの意志だから」
橘は、夢を見続けていたみひろの深層心理に入り込み、
夢の登場人物の一人として潜り込んだ。
そして、みひろの意志にずっと語りかけていたのである。
「……みひろちゃん、どうだったの……? やっぱり、あたしのことなんて……」
「みひろちゃんは、ずっと、君のことが羨ましくて、たまらなかったみたい」
「……うらやましい?」
「明るくて、ムードメーカーで、お茶の入れ方もしっかりしてて、
誰からも愛されるかわいい妹のことが、ね。」

本当に、みひろがそんなことを思っていたのか。
みはるは信じられない、といった表情で言い返す。
「うそ……なんであたしのことがうらやましいの……?
みひろちゃんのほうが、頭もいいし、しっかりしてるし、
スタイルもいいし、なんでもできるし……
あたし、小さいときからずっと、みひろちゃんみたいな子にあこがれてたのに……」


「…そういえば、さっき、みひろちゃんのことをずっと、
『お姉ちゃん』って呼んでたよね」

橘に指摘され、みはるは ハッ とする。
「あはは……なんか必死になると、昔のくせがぬけないみたい。
……あたしね、昔はみひろちゃんのこと、お姉ちゃんって呼んでたの、でもね……」

「でも?」
「高校受験で、あたしとみひろちゃんは、同じ高校を受けたの。
でも、あたしだけ落ちちゃった。
ずっと同じ学校に通ってたのに、あたしだけ、ランクの低い高校に行くことになっちゃった。
ずっと同じところにいたのに……
みひろちゃんが、どんどん高いところに行っちゃう気がして。
あたしだけ、低いところにいたくなくて……対等になりたくって。それからなの。
みひろちゃんのこと、名前で呼ぶようになったの。」

「そうだったんだ……」
「大学に行かないで、すぐ就職したのもね、
また大学受けて、あたしだけ落ちるのがこわかったの。
それに、高卒で就職したら、大学卒業してから就職するみひろちゃんよりも、
社会人としては先輩になるでしょ? あたし、一度でいいからみひろちゃんを、
追い越してみたかった」

「…みひろちゃんは、君の事、自分より下だとは全然思っていなかったみたいだけどね」
お互いが、お互いに憧れ続けたがために、にじみ出てしまった嫉妬の感情。
誰に責められたわけでもないが、みはるは罪悪感いっぱいになって、瞳を潤ませた。
先ほど一瞬だけ意識を取り戻し、理由も語らずに謝ってきたみひろも、
同じ気持ちだったのだろう。

そんなみはるの頭を、橘は優しく撫でた。そして…
同時に、傍で眠るみひろの額も、優しく撫でてあげた。
「……橘くん……」
「夢の中でみひろちゃんにも言ったけどね…本当、比べる必要なんてないよ。
お互い、自分にないものに憧れてた、ってことは、それぞれ良い個性があるってことだよ。
僕は、そのまんまのみはるちゃんと、みひろちゃんが……好きだよ。」

好き、の一言で、みはるが何かひらめいたかのように顔を上げた。
「橘くん、みひろちゃんのこと好きなの!?」
「え、いや、だからね……」
私と婚約してるのに !? 橘くんの浮気者 !!
そんな罵声を恐れた橘が、慌てて弁解しようとする。
だがみはるが続けた次の言葉は、橘の予想の斜め上を行っていた。

「じゃあ橘くん、みひろちゃんとも結婚してよ!!!」

「は !?」
「そーだよそーだよお!あたしとみひろちゃん両方お嫁にもらってよぉ!
なんならあたし第二夫人でもいいよぉ~!!」

みはるが駄々をこねる子供のように、橘の腕にしがみつく。
「いや、あのねみはるちゃん…昔の日本じゃあるまいし…それができるならし……」
「するの!?」
つい流されそうになり、やれるならやってるよ的な発言をしかけてしまう橘。
「橘くんが本気なら、あたしお父さんに頼んでくるっ!!!」
「ぎゃー!!! やめてみはるちゃん――――!!!」

ベッドの傍らでドタバタと騒いでいるにもかかわらず、みひろは眠ったままであったが、
橘とみはるの優しさを無意識に感じ取ったのか、眠ったまま微笑みを浮かべた。






























数日後。

みひろは無事に退院し、自宅でしばらく静養した後、完全に回復した。
ねぎ秘密結社のアルバイトは、今は特に頼まれてはいなかったが…
勉強の合間の気分転換をかねて、みひろはオフィスに顔を出していた。

「あっ、みひろちゃーん!遊びに来たのぉ !?」
受付嬢のみはるが、元気良く出迎えてくれた。
「あらン♪ みひろちゃんお久しぶりン♪」
オフィスで暇そうにしていた明に、にこやかに挨拶される。
「成沢さん!この間はどうも」
「この間??」
「あっ………なんでもないです、お久しぶりです!」
明と『この間』会ったのは、夢の中であって。
実際は数ヶ月ぶりであったことに気付いたみひろは、苦笑いしてごまかした。
「今、橘くん呼ぶねー!」
そう言って、みはるは嬉しそうに内線で橘を呼びつけに行った。
「そういえば、まだ社内では知らない人もいるけど……
みはるちゃんとタッちゃん、婚約したんだってねン

お姉ちゃんとしては、フクザツ??」
みひろが橘に片思いしていたことを知っている明は、ちょっと意地悪気味に問う。
「ふふ……」
「……??」
みひろは明に何も答えず、意味深な笑みを浮かべるだけにとどめ、橘が現れるのを待った。

「あっ、みひろちゃん。良かった、もう元気になったんだね」
総務部オフィスに入ってきた橘は、みひろの元気そうな様子を見ると、
ホッとした表情を見せた。

そんな橘に、みひろは颯爽と近づいて、左腕にしがみつく。

「そうよ、寝込んでなんていられないもの。
橘さん、第二夫人も存分にかわいがってよね


みひろに合わせるように、みはるは橘の右腕にしがみつく。
「そーそー!そうだよねっ!ふたりで橘くんのお嫁さんになろうねみひろちゃん!」
オフィスで、堂々と両手に花を見せびらかす状態になった橘。
当然、二人と重婚なんて不可能なわけなのだが…
その表情は困っているようにも見えるのだが、
明らかに『幸せ者の悩み』と言った顔。

「うわー、タッちゃんサイテー かわいいお嫁さん二人もゲットとかー
「……こう言ってはなんですけど、『リア充爆発しろ』ってやつですね……」
「一人の男が複数の女性と結婚、というのは現代の法律では不可能ではなかったか?」
総務・人事部の男性陣から、半ば軽蔑の意味をこめた視線を浴びせられる橘。

「ちょ、ちょっと待ってください!ほんとに、しませんから!ほんとに!」



何も考えていないみはるはともかく、みひろは本気で第二夫人になろうなどとは、
考えてはいなかったが。

自分は自分のままでいたい。自分らしくいるには橘を好きなままでいたい。
そう結論を出して、そしてそれを、他の誰でもない、みはるが認めてくれているのなら。
いつか、自分だけの本当の相手に出会えるまで…
この幸せな状況がずっと続いてもいいな、と心から思うのであった。





(おわり)