20111204

12月24日、クリスマスイブ。
世間は当然のごとくクリスマスムード一色で、
町のあちこちではクリスマスツリーを初めとした飾り付けで溢れかえり、

商店街では、ここぞとばかりにクリスマス商品を、
威勢のいい呼び声と共に店頭で販売している。


そしてクリスマスといえば、ケーキ。
甘い香りを漂わせ、ケーキショップ前ではサンタクロースのコスチュームを
身にまとった店員が
元気良くケーキを売りさばいていた。
今日からクリスマス本番。店のレジの前では、
ケーキを求め押し寄せた客が大行列を作っていた。


「えーと、そのデラックスショコラノアールとかいうの一つ、くれるかな。6号ね。」
「はい、かしこまりました!……こちらになります!」
「あ、あと…ちょっと、無理言って悪いんだけど…
……このケーキの上に乗っかってるクリスマス飾り、全部はずしてくれるかな」

「え……ええっ !?」

行列の先頭に、人ごみの中でもひときわ背の高い男が、
店員になにやら特殊な要求をしている。

アルバイトらしき、若い女性の店員が困った顔をしている。
「え、ええと…そういうのは…あの、ケーキも傷ついてしまいますし…
お時間もかかりますし…あと、この混雑ですから……その……」

「うーん…駄目かなあ。そんな難しいことじゃないと思うんだけど…」

「おーい!何やってんだ!早くしろよ!」
「あの……早くしてくれませんかね……」
交渉に時間がかかり、男の後ろに並んでいる客の行列が苛立ち始める。

「ちょっと失礼、………白鳥さん、何してるのよ !?」

苛立ちのボルテージが上昇しつつある客の行列をかき分けて、
一人の女が、行列をせき止めている男……白鳥夜半の隣に割り込んできた。

「………奈津恵ちゃん」








「……全く、あの大混雑の中、そんな面倒な要求するなんて……
とりあえず買って、要らない部分はあとで自分で捨てればいいでしょ」

ケーキショップを後にし、夜半と同じくケーキを抱え、
瀬上奈津恵は呆れ顔で夜半の隣を歩いていた。

「だってなあ…お店ではずしてもらったほうが、
その捨てた部分、再利用できたりするじゃない。
うちで捨てるのは勿体無いかなあと思って。
まあ奈津恵ちゃんのおかげではずしてもらえた…けど……
……それにしても、奈津恵ちゃん、あの理由はさすがに……」

「だって他になんて言えば良かったのよ?」
夜半のケーキの飾り付けをはずすことを渋っていた店員を説得したのは、
奈津恵であった。


・・・・

「クリスマスは、この人の奥様の命日なんです。
クリスマスケーキって、お祝いのケーキでしょう?
……世の中には、複雑な事情で素直にクリスマスを楽しめない人も、いるんです。
無理を言ってるのは重々承知ですけど…本当にお手数おかけしますけど…
…そういう人もいるってこと、わかって頂けませんか?」


・・・・

店員も奈津恵の気迫に押され、ケーキの飾り付けを慌ててはずし、
さっさと厄介払いしようと言わんばかりにケーキを押し付けてきた。
「奥様、って…。俺に奥さんなんていないんだけどなぁ」
「……………
空気を読むのが上手なはずの貴方が空気を読まずにあんなこと頼むなんて……
なんとなく、琴さん絡みだと思ったんだもの。……違うの?」


奈津恵は、夜半の前で、『琴』の名を出すことに、少々緊張感を覚えた。
琴は、数十年前に亡くなった、夜半の妻とも言える女性。
彼の口から語られた彼女の人物像から、奈津恵は『とりあえずは』そう認識している。
だが実際は、『奥さん』などという、そんな簡単な言葉で済ませられないほど、
もっともっと、言葉にならないほど………夜半にとっては、重要な存在なのである。

「どうかな。俺は単に、クリスマスが大嫌いなだけだよ」

(……はぐらかされた)
いつもの涼しい顔で答えられ、奈津恵は内心、少しだけ苛ついた。
「なんでクリスマスが嫌いなのよ?」
「クリスマスって神様の誕生祝いでしょ。
魔物である俺がなんでそんなお祝いしなきゃいけないの」

「クリスマスが嫌いなのに、なんでクリスマスケーキ買うのよ?」
「だってクリスマスのケーキって美味しそうなのばっかりだし。
お祝いの意味なんてなしに、純粋にケーキが食べたかっただけだよ。
それじゃ駄目なのかな?」


確かに、宗教が自由な国・日本のクリスマスは、キリスト教徒でもなければ
ケーキやご馳走、プレゼントなどを貰ったりする口実にする程度のお祭りである。
その言葉通り、病的とも言える甘党の夜半はただ単に
ケーキが食べたかっただけなのかもしれない。


(……なら、なんでわざわざ、無理言ってまでケーキの飾りをはずしたりするの?)

奈津恵は、そう、声に出して問いたかったが………言えなかった。
夜半とは大学時代からの長い付き合いだし、夫のことも良く知る、
何でも話せる『親友』だと思っている。

彼に対し、酒の席などで色々な悩みや愚痴を散々打ち明けてきた。
だが彼からは……色々と話してくれはするものの、あと一歩、あと一線というところで。
壁を作られている。
いつも、それを思い知らされると、何も言えずに唇を噛むことしかできなかった。






その後、息子たちがケーキを楽しみに待っているという奈津恵は夜半と別れ、
早足で帰っていった。

何かを振り切るように歩いていく奈津恵の後姿を見つめながら、夜半はため息をついた。
(……恥ずかしいところ、見られちゃったなぁ。
並んでまでケーキ買うんじゃなかったな)

クリスマスケーキを買おうと思ったこと自体は、本当に深い意味などなかった。
だが、行列に並んでいる最中に、ふと気がついたのだ。

クリスマスは神様の誕生日をお祝いするものだということに。

(琴が……神のもとへと旅立った日に、
その神のための祝いのケーキなんて、食べる気になれるわけないじゃないか)

奈津恵がその場の出任せで言った『クリスマスは妻の命日』。
実は全くのその通りなのであった。
魔物である自分は、神から祝福されない、相反する存在。
普通の人間であった琴が、自分より先に死ぬのはわかってはいたのだが、
クリスマスに琴を失ったことで、改めて、
自分は神から見放された存在なのだと、身をもって思い知らされた気がした。


だから、クリスマスは大嫌いであった。




(……ごめんね、奈津恵ちゃん)

夜半は、奈津恵が色々と構ってくれること、
気にかけてくれることは本当に嬉しく思っている。

心の奥に踏み込もうとしてくれていることも…ありがたいことなのだが。

(君は、君の家族と幸せに、自分の人生を生きてね。
 …………なるべくなら俺の方は、見ないで。)