20111113


”♪~~ ♪~~ ♪~~… ”

買った当時のまま設定すら変えていないため、
味気のない電子音で鳴り響く、携帯。
(何だよ、面倒くさいなぁ…。どうせ間違いかセールスの電話だろうな)
友達もほとんどおらず、普段は滅多に鳴らない携帯を横目に、
東堂八雲は無視して大学の課題であるレポートを進めた。

”♪~~ ♪~~ ♪~~… ”

しかし携帯は中々鳴り止まない。
八雲は重い腰を上げて不愉快そうに携帯を手に取ると、
液晶に映し出された発信相手に驚愕する。


”着信中 浪路姉さん ”


「ね…姉さん !?」
『あーもー、やっと出たか。この俺がわざわざ電話してやってんだから早く出ろよ』
「だ…だって、姉さんから俺の携帯にかけてくるなんて…初めてじゃない?」
『そういやそうかもな。ま、そんなことより。
お前今ヒマか?ちょっと付き合って欲しいところがあるんだ』

未だかつてない、愛しい姉からの誘いに、八雲が乗らないはずもない。
レポートは山のように残っていたが、そんなことはお構いなしに、
八雲は急いで出かける準備をした。






「姉さん、お待たせ」
電話をしてからわずか10分足らず。
八雲は姉が指定した待ち合わせ場所である、
最寄り駅から少し離れたコンビニ前にたどり着いた。

コンビニの前では、浪路が煙草をふかしつつ、自前の車を停めて待っていた。
「早いな……全然待ってねーよ……」
「そりゃ、姉さんからの誘いだもの、1分でも1秒でも早く来たいし。
……それにしても、姉さんから俺を誘ってくるなんて……ようやく覚悟を決めて」

八雲がいつもの調子で浪路に迫りだす。
いつもなら、「何言ってんだこの変態弟!」と怒鳴りつけるところであり、
八雲もそんなリアクションを待ちつつ浪路に近寄ったが…。

「八雲。……少し、姉ちゃんと真面目な話をしてみないか」



いつもの姉と違う。
即座にそう思った八雲は、わけのわからない緊張感に包まれつつ、
促されるままに浪路の車の助手席に乗り込んだ。

「……お前さ、実家とは連絡取ってるのか?」
浪路は、11年前…16歳の時に家を飛び出したきり、実家とは疎遠になっている。
八雲は大学に入るまでは、実家から高校に通っていたのだが……。
「……取ってないね。姉さんも知ってるでしょ?俺はあの家じゃ、いらない子だし」
「……………」
「毎月、仕送りは振り込んでくれてるみたいだけどね。
でも恩着せられたくないし1円も下ろしてない。
奨学金とバイトだけで何とかなるし」

浪路と八雲は腹違いの姉弟。だが浪路とは違い、八雲は妾腹であるために、
実の父親をはじめとした家族から疎まれていた。
幼い頃に生みの母親を亡くした八雲を、
父親が世間体のためだけに引き取ってはくれたが、

実際の家庭内の扱いは酷いものであった。
「実家に俺の味方なんていない。そんなことわかってるでしょ?
なんで今更………そんなこと訊くのさ」

進学のために上京し、居心地の悪い実家から開放されている今、
八雲も浪路同様、実家は思い出したくないことのようであった。
「……そうだったな。ごめん」
そう、一言だけ謝ると。浪路は無言で運転を続けた。
「…そういえば… 一体、どこに向かってるの?」

浪路は何も答えなかった。





会話もないまま、車は2時間ほど走り続けた。
日は沈みかけている。
浪路は、車を海辺の空き地に停めると、助手席で眠りこけている八雲を起こした。
「着いたぞ。起きろ」
前日の夜、レポートに追われあまり寝ていなかった八雲は、
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「……もしかして、昨晩あんまり寝てなかったのか?ごめんな」
「ん…大丈夫。それにしても…ここは?」
「……少し歩くぞ。あと、これ持ってくれ」

浪路から手渡されたのは……花束と線香。
それだけで、八雲は何のために連れ出されたのか、どこに連れてこられたのかが、
すべて理解できた。


海辺の静かな墓地。
夕暮れ時で薄暗い墓地の中を、姉弟はゆっくりと歩き回る。
周りに建てられた立派な墓石に比べると、だいぶ小さな墓石の前で、
浪路は立ち止まった。

「真砂……姉さん……」
「………もうすぐ、命日だろ。覚えてたか?」
東堂真砂。
浪路のひとつ年上の姉であり、八雲にとっても、もちろん大切な姉。

八雲は、実家での生活は本当に嫌いであったが、
唯一優しかった、真砂と浪路のふたりがいたからこそ、
ここで暮らしていけると思っていた。

だが……

「真砂が死んで……実家のやり方に耐え切れなくなって、
俺、何も考えずに家を飛び出してた。あの家に未練なんてなかったけど……。
……お前を残していったことだけは、本当に後悔した。
お前が、あの家でどういう扱いを受けてたかなんて、知ってたはずなのにな……。
つらかったよな。本当に、ごめん」

浪路は、真砂の墓石の前で、八雲に対し深々と頭を下げる。
「ちょっ………姉さん………!
……べ、別に……確かに、色々あったけど……
こうして、また姉さんたちに会えたんだから……だから、頭上げてよ……!」

いつもは上から怒鳴り散らされることしかない浪路に頭を下げられ、
八雲は完全に調子を狂わされるが、冷静さを保つために花と線香を用意し始めた。

「……もう、10年以上経つんだね」
「そうだな……」
「真砂…姉さん、かわいかったよね。身長、このくらいだっけ」
「そのくらいだな。姉弟の中じゃ一番小さいな。
まあ当時は当然、お前が一番チビだったわけだけど」

「そりゃ子供だったし…今じゃ俺のほうが全然、大きくなっちゃったな」
「お前、こーんなもんしかなかったのになー。よくここまで伸びたもんだ」
「生きてたら…28歳か。どんな人になってたんだろう」
「どんなだろうなー…」

日が完全に沈むまで、浪路と八雲は、亡き姉の思い出話に花を咲かせた。
お互い、こんなにも「家族」と共に長く過ごしたのは、いつぶりなのだろうか。

「……なあ、八雲」
「なに?」
「お前さ、いつも姉さん姉さん言って迫ってくるけどさ、
そんなことしなくたって、俺は別にもうどこにも行かないぜ?」

「!」
「それに……俺にとって血の繋がった家族は、もうお前ひとりなんだ。
今後何があろうと、実家に何言われようと、俺はずっとお前の姉ちゃんだよ。
………それは、絶対に変えられないし、変わらない。そうだろ?」

「……姉、さん……」

八雲がやたらと浪路に言い寄るのは、
幼い頃、浪路が家を出た時に置いて行かれてしまい、

寂しい思いをした辛い記憶からによるものなのだと、
浪路も……八雲自身も、気付いていた。

「……もう、真っ暗だな。帰るか。また、二人で来ようぜ」










数日後。

「…へぇ。それで彼もとうとう、落ち着いたのかな」
「どうだろうなー。あれから会ってないけど、メールも電話も全く来てないし」
昼休みの食堂。浪路は、自分の家庭の事情を知る、数少ない人物である
白鳥夜半と共に、先日の墓参りの件について話していた。
「君らの関係は、傍から見ている方は面白かったけどねぇ」
「人の苦労を面白がるなよ!…そういう割に、
真剣に、そして素直に自分の思っていることを伝えれば、ああいう手のタイプは
調子狂わされて何も言えなくなる』ってアドバイスしてきたの、白鳥さんだぞ?」

「まあね」



「姉さん」

談笑していると、気配もなく背後に八雲が立っていることに気付き、浪路は驚く。
「や、八雲!来てたのかよ。お前、大学は?」
「今日は休講でね。急に暇になっちゃったんだ」
「ふーん。暇になったからってなんでここに来てんだ?」
「そんなの……」
八雲は、両腕をスッと伸ばしたかと思うと、
食堂の椅子に座る浪路の無防備な肩を、思い切り抱きしめた。

「姉さんに会いたかったからに決まってるじゃないか。
俺たち一生ずっとずっと一緒だもんね。もう絶対離さないよ」


じたばたと暴れる浪路だが、背後から羽交い絞め状態で、まるで逃げられない。
「な―――― !? お、お前、こないだ言っただろ !? そんなことしなくても俺は…!」
「いやぁ、色々考えさせられたんだけどね。うん、ホント色々考えたよ。
でもなんか、結論から言っちゃうと、姉さんがなんであろうと
俺が姉さんが好きって気持ちは変わらないわけで。
いやむしろもっと好きになっちゃったっていうか」

いつも通りの八雲の行動に、傍から見ていた夜半は若干、呆れ顔。
「……変態につける薬なし、か……。ま、仕事場に戻るかな」
「白鳥部長? 俺が白鳥部長に操られてないと分かった今、
今度こそ姉さんは絶対絶対ぜぇーったいに、渡しませんからね?
というか姉さんに近づかないでくださいね? 姉さんは俺のですから!」


「いい加減にしろ――― !!! このっ変っっっ態弟が !!!!」




全くもっていつも通りの光景に戻ってしまったが、
心の奥では………ずっと仕舞い込んでいたわだかまりが解け、
決して消えることなく、変わることのない絆が一段と強く結ばれた。
そんな気がした。




(おわり)