20110130

※この話は「浪やんの今夜は無礼講・第5回」のその後の物語です。



会社の近くの居酒屋でひとときを過ごした東堂浪路と白鳥夜半は、
ギリギリで終電に乗り、浪路の住むマンションの最寄り駅で降りた。
夜半の家は会社のすぐそばにある社員寮なのだが、
夜遅くに帰る『女性』は送るのが当たり前、と付いてきたのである。

「家どっちなの?」
「……あぁ、そこの信号左……」

夜半の好意はありがたいのだが、自分をはなから女性と認め、
エスコートされてしまうことに、浪路は未だかつてないくすぐったさと気まずさを
感じていた。

何も知らない相手からは男だと思われて当然、その後女性だとバレたとしても、
行動・言動共に全くの男なのでいちいち女性扱いする者など今までいなかったのだ。

「何をそんな複雑そうに考えるのかがわからないなぁ。
…正直、もっと『女扱いするな!』って突っぱねられたなら、付いてこなかったんだけどね」

そう、迷惑ならハッキリと断り、
『俺はほとんど男みたいなもんなんだから、女扱いはやめて欲しい』と
言えばいいだけの話である。

だが、そうしなかったのは……。

「……嬉しかったんだ」

自宅まであと数十メートルというところで、浪路は立ち止まった。
「俺、この通り男らしいだろ?これは別に作ってるわけでも無理してるわけでもなく、
生まれつきこういう風に育てられちゃったからなんだよね。
けどこんな今の自分が好きだし、これから女らしくしたいとも思わない。ただ…」

ただ、の先がとても言いづらいのか、浪路は唾を飲み込んで数秒、口を閉ざす。

「…………………心の奥底のどこかでは、誰かに、普通の女の子らしく、
お姫様扱いされることを……望んでたのかなぁ。
でもそれは、俺が頼んでやってもらったり、
俺自らが女らしくした上でやってもらうんじゃ、ダメで……
…誰かに自然にやってもらいたかった。
………ああああもう、よくわかんね、何言ってんだ俺、なんか気持ち悪りぃな」


片手で、真っ赤になった顔を覆い、背中を丸める浪路を見て、夜半が目を細める。
「やっぱり、俺が思ったとおりのかわいい女の子じゃないか、君は。
そんなの女性としては普通の感情じゃないの?
別に普段の自分の行いなんてどうでもいいよ、嬉しいと思ったなら嬉しい、
でいいじゃないか」

「そう、なんだけ……ど………」

自分の複雑な感情をあっさりと肯定され、浪路は素直に安心感を覚えるが、
同時に「それを認めてはいけない」という否定する義務感を覚える。
例の掟のことが脳裏をよぎる。
自分は女性として、異性となれ合ってはいけない。

「それを素直に認められない、事情でもあるって顔だね」
勘の鋭い夜半にはすぐに見抜かれてしまう。
夜半とは知り合って日が浅いし、まともの会話をしたのは今日が初めてである。
普通なら、話していいものなのだろうか…と悩むはずなのだが。
自らのトップシークレットを吐き出すことに、不思議と躊躇いはなかった。

「俺……」








話が長くなるのは目に見えていたので、浪路は夜半を自分のマンションへと招き入れた。
このマンションには、今までも遠山 満や奥田早瀬など、男性は何度も出入りしている。
今更他の男性を招き入れることに抵抗などないはずなのだが、
今回ばかりは少し緊張感が走った。


「なるほどね。そんな事情があったのか」
差し出された温かいアップルティーをすすりながら、夜半は平然と相づちを打つ。
全ての事情を話しても動じない夜半を見て、浪路はホッとするも、
彼がこれからどういう見解を示すかを緊張しながら見守る。
「まぁこれで、君がなんで『すごく美味しそう』に見えた理由がよくわかったな」
「!?」
先ほど彼が居酒屋で言った「吸血鬼目線で言えば『美味しそう』」発言を思い出し、
浪路は身の危険を感じ、反射的に後ずさりする。
「いやいやいや、そんないきなり取って食いやしないから安心していいよ。
…吸血鬼がね、『この人の血は美味しそう』って思う条件は2つあるんだよ。

ひとつは健康状態の良し悪しかな。やっぱり若々しくて元気な人ほど、血も美味しい。
そしてもうひとつは……『潜在能力の高さ』だね。
相手の男を死なせてしまうほど、何かの強大な力を君は持ってるわけだろう?
そして、そうさせないためにも『そういう経験』は今までにない。
条件が2つ揃ってるんだよ、君は」

「へぇ……」
淡々と「自分の血の美味しさの秘密」を語られる浪路は、
後ずさって部屋の隅にうずくまったまま感心する。

「だからって、噛みついて血を吸おうなんて考えてないから、
隅っこにいないでこっちに来なさい。
君が『掟』によって自分の女らしさを認められないように、俺には俺の『掟』があるから」

夜半になだめられ、おそるおそるテーブルに近づく浪路。
「……白鳥さんの、掟?」
「俺は絶対、噛みついて人の血を吸わないって決めてるんだよ。
…そう、彼女に誓ったからね」

「そうなのか…」
どうしてそんな誓いをするに至ったのか、浪路は訊いてみたかったが、
今は自分の方の複雑な感情でいっぱいいっぱいで、上手く言葉がまとまらなかった。
そんな、ホッとした様子の浪路を目にして夜半はうっすらと微笑む。
「でも……」
「え?……………!!?」
近づいて、手の届く範囲まで来た浪路の頬に、夜半がそっと手を触れる。
「血は吸わないけど、手は出さないとは言ってないよ」
「!!!……ちょ……え!?」
「君も女だって自覚があるなら、
部屋に男を招き入れるのがどういうことなのか学習しておいた方がいいよ」

「え、だ、だから俺は男と――――――」
「俺なら死なないけど?相手が悪かったねぇ。
自業自得と思って覚悟を決めるんだね……浪路。」


初めて名前を呼ばれ、心臓が爆発するかと思うほど驚くと同時に、
浪路は声も出せず目を閉じた――――





「なんちゃってね。ほんとかわいいな君は。反応がどこまでも乙女だねぇ」

夜半は、ギリギリまで寄せていた顔をぱっと離し、浪路の頭をくしゃくしゃと撫でると、
立ち上がってコートを羽織りだした。
目を固く閉じて身体をこわばらせていた浪路の緊張の糸が一瞬にして切れる。
そして、完全にからかわれていたことに気づく。
「こ………こ、こ、このエロじじい――――――!!!!!」
「はは、いつもの調子に戻ったかな。それじゃ帰るよ。今日は楽しかった」
「と、とっとと帰れ!」
何事もなかったかのように、いつもの涼しい顔を見せる夜半。
浪路も、顔を真っ赤にして怒りつつも、さっきまでぐちゃぐちゃと悩んでいたことが
嘘のようにスッキリしていることに気が付いた。
長年、自分の心の奥底に隠し持っていた「女性としての感情」を開放したからだろうか。
経緯はどうであれ、夜半に元気づけられたのは間違いない。

「……でも……今日は……ありがとう」
浪路は恥ずかしながらも、正面を向き心から感謝を述べる。
「何も。今日はかわいい女の子と一緒に飲んで、楽しく話して、
帰りは家まで送ったってだけだよ」

それ以外には何もない――――例の掟の話も、聞かなったことにする、と暗に示すように
夜半は人差し指を口に当てる。
「そ……そうだな!こんな『かわいい女の子』と飲めて楽しかったろ!
……また、飲もうな!」

困惑と緊張と驚きの続きで、ずっと眉間にしわを寄せていた浪路が、
ようやくいつもの笑顔を見せる。


「是非とも」





浪路のマンションを後にした夜半。
当然電車はなくなっているので、のんびりと歩いて帰ることにした。
夜の闇と吹き抜ける風は、彼にとっては心地が良かった。
立ち止まり、灯りのともる浪路の部屋あたりを見上げながら、夜半は深い溜息をつく。

「交わった相手を必ず死なせてしまう…か。
君を抱けば本当に死ねるというのなら……むしろお願いしたいところだけどね」





(おわり)