20100711


「めんどくさい」
「……ああもう、めんどくさい」
「めんどくさいわねぇ」


そう頻繁に独り言を繰り返しながら、
南十字照美は新幹線に乗り込んでいた。
行き先は、実家のある長野である。
照美の実家は地元ではかなり有名な和菓子屋の老舗で、
和菓子職人の祖父は人間国宝として認められている。
今回、その祖父が地元の大物政治家の還暦祝いパーティーに招待されたというのだが…

「なんで、そのパーティーにあたしも行かなきゃいけないのよ?」
「そのパーティーには名家のご子息がたくさん集まるからのう。
 あわよくば良い相手にありつけるかもしれんぞ」

「なによそれ、見合いしろってこと?」
「見合いって言ったらお前は絶対来ないだろう?
これでもお前のやりやすい方法にしてやってるつもりだ。
 全く、28にもなって東京でプラプラしてないで早く良い相手を見つけてだな……」

「ああもう、わかった、わかったわよ。行けばいいんでしょ!」

先日、祖父から電話でこう告げられ、、
結婚の話になるとぐだぐだと話が長くなるのはわかっていたので、
さっさと話を切り上げるためにうっかりOKしてしまったのだった。
(まぁ、適当に飲み食いして愛想笑いしてればいいだけよね。ホントめんどくさいけど)






『和菓子処 南屋』

大きく古びた看板が掲げられた実家に到着。
「遅いぞ照美!何やっとんだ!」
玄関では祖父が待ちくたびれた様子で出迎えてきた。
「別にどこも立ち寄らずにここにまっすぐ来たわよ。
 パーティー何時からなの?さっさと行ってさっさと終わらせましょ」

「さっさとって、お前まさかその格好で行くつもりなのか?」
祖父が照美の上から下までをまじまじと見たあと、眉間にしわを寄せる。
「何よ、悪い?これでも一応お気に入りの一張羅着てきたのよ」
「ばっかもーん!菓子屋の娘がそんなギラギラした洋服で表に出てはいかーん!!
 ここに振袖があっただろう。それに着替えろ!
あとその濃い化粧も落としてもっと落ち着いた化粧にしろ!!」

「ええぇ?着物なんて嫌よ!着物着て化粧落としたら七五三みたいで嫌なんだもの!」
「何を言う!せっかくお前は若作りなのにそんな濃い化粧じゃ損するだけだろう!
 多少なりとも若く見えたほうが良い男が捕まるってものだ!そら、早く早く!」

祖父は照美の言い分など耳も貸さずに、菓子屋の従業員を呼び出して
無理やり着替えさせに行かせてしまった。


数十分後…
「やっと終わったか。……おお、それで良しそれで良し。それでこそ南屋の娘だ」
「……………」
そこには、未だかつてなく落ち着いた姿の照美が立っていた。
先ほどの派手な洋装とは打って変わって、
若草色の明るく、それでいて雅さがにじみ出た振袖姿。

腰まで伸ばしていた髪はまとめられ、化粧はほぼスッピンに近い、ナチュラルメイク。
おそらく普段顔をあわせている社員たちから見たら、別人であろう。
「さぁて、行くかのう!良い出会いがあるといいのう~♪」
祖父はご機嫌になって、運転手つきの車へと乗り込んで行った。






車に乗せられて連れてこられた先は、県内でも指折りの超高級ホテル。
そこには県内の有名人・著名人らが続々と集まってきていた。
ちらほらと、TVなどで見覚えのある顔もみられる。
(……たかが政治家の還暦祝いにこれだけの人が、ねぇ……)
見合いなんてどうでもいいから、今の自分の副業である占いの宣伝でも出来たらな、
とか考えていたら、突然祖父に着物の袖を引かれた。
「………おお、こちらがお孫さんですか」
ぼんやり考え事をしていて、祖父が知人と談話中なことをすっかり忘れていた。
「…失礼しました、初めまして。照美と申します」
「可愛らしいお嬢さんですな~。あぁ、もしかしたら今日来るという噂の
 議員のご子息と同い年くらいですかな」

「ほほう、そうなのですか~。うちの孫を気に入ってくれたら良いのですがな、
はっはっはっは」

(興味ないわよ…議員の息子なんて…)
照美は重いため息をつくと、一礼してトイレへと駆け込んだ。


照美は、それからしばらくトイレの個室に座り込んでいた。
遠くかすかに、パーティーを開始する挨拶が聞こえる。始まったようだ。
このまま気分が悪いフリしてずっと居座っていようか。
しかし何も食べずに東京から来たので、空腹も結構限界であった。
(まぁ…しばらくして、落ち着いた頃にこっそり会場に紛れ込めばいいわよね)


頃合を見計らって、照美はひょっこりと会場に姿を現した。
皆それぞれ料理を堪能し、仲の良い相手・気に入った相手と談笑を楽しんでいる。
祖父もそれなりの有名人なので、いろんな人に囲まれてなかなか手が離せないようだ。
照美が戻ってきたことに気づきはしたが、こちらにちょっかいを出す暇はなさそうだ。
(ちょうどいいわね。適当にお料理頂いてましょ)
取り皿に料理を盛って、黙々と食べる。
(……当たり前だけど、知らない人ばっかよね……)
顔の見覚えのある有名人はいるが、本来の意味での「知り合い」ではない。
料理も豪華で、実に華やかな場所に自分はいるのだが。
(知らない人に囲まれて食べるご飯の、なんと不味いことやら。)

適当に過ごすはずが、ほんの少し寂しさを感じ始めたその時。
照美の視界に、場違いだが、とても見覚えのある人物が入り込んできた。

「あら、あなたは……」



(続く)