20010328

「すいません……突然、呼び出したりして…」

3月28日、快晴の昼下がり。
会社の近くの公園の、満開の桜並木の下に。
見なれない組み合わせの男女が一組、たたずんでいた。
烏丸雪彦と……長谷川恵莉。

「いいえ…そんなに、きにしないでください。」
気まずそうに言葉を投げかけた雪彦に、
少々舌っ足らずな感じの口調で、恵莉が言葉を返す。
「こちらこそ…このあいだは、ほんとうにすいませんでした…
………めいわくでしたよね………」

「めっ、迷惑だなんて!そんな……
……その気持ちは、すごく嬉しかったです……本当に……
そ、その…僕なんかのことを……」

うつむき加減の恵莉に、それ以上の答えが見つからない雪彦。
自ら彼女をこの場に呼び出したのに、
早くもその場から逃げ出したい気持ちで一杯になってしまった。
「…わたし、バレンタインデーに本命のチョコをわたしたの、
あれが、うまれてはじめてだったんです。」

雪彦に背を向けたまま、恵莉は言葉を続ける。
「…烏丸さんも、知ってるかとおもいますけど…
わたしには、ふつうのひとがもっていない、ふしぎな力があります。
そのせいで、ちいさいころからずっと……気がよわくて、うじうじしてて……
……いじめられても、おこることも、しかえしもできなくて……
こんなじぶんがほんとうにきらいでした。」

今までの辛さを示すかのように、微かに震えた声。
「でも…わたしみたいに、烏丸さんもふしぎな力をもっているのに、烏丸さんは…
わたしとちがって、ずっと前むきで…」

「そ……そんなこと、ないですよ…」
否定する雪彦に、恵莉は即座に首を横に振る。
「わたしは、こんな力をもってるから…
みんな、わたしのこと、ふつうのひととしてあつかってくれないんじゃ、っていう、
そんな不安がずっとずっときえなくて……でも、あなたは、ちがいます。」


雪彦にも、恵莉と同じような不安が、無いわけではなかった。
雪女を先祖に持ち、ところ構わず雪を降らせてしまう特殊能力。
千里眼の力を持つ恵莉とは、また違った意味でやっかいな力。
だが、そんなことを気にしていたら、気にするだけ周りとの溝を深めてしまう。
そう考えていた雪彦は、敢えてその力は隠さずに、皆と振舞ってきた。
そんな『前向き』な雪彦を、ずっと見つめていた恵莉は…
「わたしは、そんな烏丸さんに…ずっと、はげまされてきました。
烏丸さんのそばにいると、わたしも、つよくなれるような、気がして…
…烏丸さんだから、じぶんのきもちが、つたえられたような…気がします…」

「長谷川、さん…」
名を呼ばれ、少女はゆっくりと青年の方を向く。
頬には一筋の涙が流れていた。

「わたしに、勇気をくれて…ありがとうございました。」

それだけ告げると、恵莉は淡く微笑んだ。
どことなく…寂しげな瞳。
けれどもその眼差しには…確かに『勇気』が宿っている。

「…すごく、迷ったんですけど…」
雪彦が、制服のポケットからそっと差し出したもの。
淡い水色の包み紙に、青いリボンが結んである小さな箱。
2週間遅れのホワイト・デー。
微かに震える手で、恵莉に差し出す。
言葉は無い。言葉が見つからない。
恵莉は、少しだけためらったが…ゆっくりと、包みに手を伸ばした。
「…ありがとう、ございます…
…………さいごの思い出として、いただいておきますね。」


辛くないはずなど無いはずなのに、
笑みを絶やさない恵莉。
雪彦には、それがかえって痛々しく思えた。
「そんなかお……しないでください……」
「…………本当に、すいません………」

「烏丸さんは、烏丸さんのいちばんすきなひとと…しあわせになってください、ね。」







そして、恵莉は会社へと戻っていった。
桜並木に、一人残された雪彦。
昼休みは既に終わっていた。
しかし、今の雪彦には、仕事などどうでもよかった。
(……僕は……強くなんてない……
そうやって自分の気持ちをはっきりと相手に伝えられた、
長谷川さんの方が…よっぽども、強いですよ……)

雪のように舞う、桜の花吹雪。
夢の中にいるような錯覚に陥った雪彦は、
眩しそうに顔を手で覆うと、そっと桜の幹に寄りかかる。

  ”いちばんすきなひとと…しあわせになってください、ね。”

恵莉の、最後の言葉が頭をよぎる。

「……僕は……好きな人を幸せにすることなんて、できないんです……どうしても。
そして、それを伝える勇気すらも……ない……」


花吹雪の中、吹雪とゆっくりと歩いて去っていった恵莉の後姿を、
雪彦は……小さくなるまで、見えなくなるまで見つめていた。




(続きは小説「最期の恋」にて)※後日リンク貼ります