20110109
 
翌日。
会社の年末年始休みも明日で終わりで、照美は今日、東京に帰る予定だ。
年末からずっと実家にいるため、色々と帰り支度が必要なのだが
そんなことに手をつけている場合じゃない、と言った具合に、
照美はぐったりと横になっていた。

「照美?そろそろ帰り支度しておかないと、新幹線に間に合わないんじゃないの?」
何かいつもと様子が違うと思った母親が、心配そうに声を掛ける。
「……もうちょっとしたら、やるわよ。放っといてよもう」
しょうがないわね、といった感じで母親は照美の部屋を後にする。

「あの子、何か様子がおかしいと思いません?」
照美の母は、昨日一緒に新年会に行っていた、照美の祖父に問いかけた。
「気が付いたら勝手に帰っておったしのう。…後で泉議員に話を聞いたところ、
次郎君も何やらひどく困惑した様子だったとか。
もしかして二人に何かあったのかのう。…ま、若いうちは真正面から
喧嘩することも大切じゃからのう、はっはっは」

年の功からか、特になんの不安も感じない照美の祖父は、けたけたと笑う。
「……大丈夫かしらね……あの子」



いつまでもごろごろしている暇はない。
午後の新幹線で帰って、夜は今年最初の占い稼業をする予定だ。
早いところ荷物をまとめて、準備をしなければ。
……そう心で言い聞かせても、カバンに荷物を詰める手が、
途中でどうしても止まってしまう。

(こんな気持ちで、占いなんかしたって…
お客さんに迷惑掛けるだけじゃない……気持ちを、整理しなきゃ。
ケジメつけなきゃ。シャキッとしなけりゃ、あたしじゃない!
決めた!正月休みが終わったら、素直に泉君に謝ろう!)

顔を天井に向けて、両手で両頬をパンパンと勢いよく叩き、自分に喝を入れる。
そうと決めれば、ちゃっちゃと帰る準備を進めなければ!と気合いを入れたその時。

「照美、照美?……起きてる?」
部屋のドアの向こうから、またしても母の声。
「今起きたわよ。帰り支度なら今から急いでやるから……」
「そうじゃないのよ、急いで適当に着替えてちょうだい。
泉議員の息子さんがいらしたのよ!」

「え?…………えええええええ!!!????」





長野県内ならばどこにでも売られている、有名な老舗和菓子屋「南屋」の
お菓子の箱に
書かれていた住所を頼りに、初めて訪れた照美の実家。
自分の実家も和風の豪邸だが、重厚な歴史を感じさせる、
丈夫そうな木造の広い家に、次郎は感心した。

「……本当に、突然お邪魔して、すいません…年始のお忙しい中だというのに……」
突然、連絡もなしに訪ねてきてしまっていた次郎は頭を下げて詫びる。
「いえいえ、泉さん。こちらこそこんな古くて散らかった家ですいません。
今、照美も準備してますから、もう少しお待ちくださいね。
あ、こちらウチの新作和菓子です。どうぞ召し上がって」

照美の母は、お茶と和菓子を差し出すと、いそいそと去っていった。

目の前に甘くて美味しそうな和菓子を差し出されるも、
今の次郎はそれを喉に通せる心境ではなかった。

昨日、照美から一方的に怒鳴られた言葉と、
自分が言ったことをひとつひとつ思い出しながら、
一晩中考え込んでいたからである。
結局、うまく考えはまとまらず朝を迎えたが、
次郎はどうしても、東京に帰る前に照美に会っておきたかったのだ。

自分が生まれ育ったこの長野の地のほうが、自分らしく言葉を発せそうな気がしたから。

「……泉君。ごめんね、お待たせして」

普段着に、寝起きでボサボサだった髪を三つ編みにまとめ、
簡単にベースメイクのみをして現れた照美。

あまり待たせるわけにもいかず、自分にも時間がないためにこれが精一杯であった。
「い、いえ!こちらこそ、突然お邪魔してすいません!!」


ちゃぶ台に、向かい合わせに座るも、
お互い昨日のことが脳裏をよぎり、言葉が出ない。

(な…何してるのよ……素直に謝るって決めたじゃない……)
自分にそう言い聞かせようとするも、謝ると決めたその瞬間に本人が目の前に現れ、
照美は動揺を隠せない。

どうしても、この張り詰めた空気を壊してくれる何かを、待ってしまう。

「……あの、南十字ぶ………………………いえ、照美さん」
「は、はぁいっ!?」

照美は名前で呼ばれたことにびっくりして、声を裏返してしまう。
「昨日は……本当に、失礼なことを言ってしまって、すいませんでした!!!」

”ガンッ! ”

ちゃぶ台目掛けて深く深く頭を下げた次郎は、ちゃぶ台の縁に額をぶつける。
普通に痛かったが、笑って誤魔化すこともせずに次郎は言葉を続けた。
「……昨日……ゆうべ、一晩中考えたんです、
僕が何をしたか…照美さんに何を言われたか。
結局、なんというか…情けないんですけど、考えがまとまらなかったんですけど」

照美は気づいた。
次郎から、いつもの口調がなくなっている。
もしかしてこれが、彼の”自然体 ”なのだろうか。
戸惑いながらも、素直に、一人の男として自分の気持ちを伝えに来てくれている。
「ええと……何て言ったらいいんだろう……」
結局伝えたいことが伝えきれず、先ほどぶつけた額をさすりながら、
汗をかく次郎だったが。
……傍からみれば、格好悪い男なのかもしれない。
だが照美は、とにかく会いに来てくれた次郎の勇気とその行動に、素直に感動した。
それと同時に、昨日の自分の幼稚な行動を、心から謝りたくなった。

「あたしのほうこそ……ごめんなさい。泉君は何も悪くなかったのに…ね。
いきなり怒鳴り散らしたりして、訳分からなかったでしょう?」

今度は照美のほうが深々と頭を下げる。
「……あなたとあたしの結婚はありえない、って言われて、
………なんか、悔しくなっちゃって。あたしじゃダメなんだ、って率直に思って。
気づいたらあっという間に頭に血が上っちゃって……
ホント、あたしってガキよね……」

自分の幼稚さが本当に恥ずかしく、次郎と目を合わせられず、うつむく照美。
「照美さんがダメだなんて、そんなことないです!
……むしろ、照美さんが自分のような平凡な男を選ぶわけがないって……」

「泉君。あなた、もう少し自分に自信持ってもいいと思うわ。
…還暦祝いパーティーの時、知らない人に囲まれて心細かったあたしの手を引いて
連れ出してくれたこと、すごく嬉しかった。」

照美は真っ赤になりながらも、素直に、今まで次郎に対して心の奥で感じたことを、
ひとつひとつ告白した。

「あと……あたしの着物姿を心から褒めてくれたこと、ホントに嬉しかった。だって…
……前に会ったときも、着物似合うって言ってくれたでしょ?
あんな有り合わせの着物だったのに…。一番お気に入りの振袖着ていったのも、
もしかしたら…会ったら喜んでくれるかな、って。
ちょっと……ちょっとだけ、思ってたから…………さ。
……って、あーもー恥ずかしいなあもう!!」

照美は、1ミリたりとも余裕がない、と言った感じで真っ赤になりながら、
とうとうちゃぶ台に顔を伏せてしまう。
「……照美さんが、そこまで考えてくれていたのに……
正直、照美さんに言われたとおりです。
年下であること、会社では僕のほうが格下であることだけを理由に、
まさか結婚なんて、冗談でしょう?って、思ってました……本当、失礼でした」

「泉君、違うの、あたしだって…」
照美だって、身内が勝手に決めた縁談に憤るだけ憤っておいて、
次郎自身のことは全く考えていなかったのは同じだ。

次郎の言葉を遮って弁解しようとするが……
「僕、ああいう政治関係のパーティーは苦手なんです。
出来るならあまり出たくはないんですけど。
でも、父から照美さんを招待したと聞かされて……
行ったら、また照美さんの着物姿が見られるのかな……
……照美さんに会えたらいいな。心の奥ではそう期待して、行きました。
…………………もし、照美さんが僕のお嫁さんになったら……
昨夜は悩みながらも、そんな夢も見ていました。
……本当になったら、すごく、嬉しい………です。」


愛の告白にも似た言葉を、精一杯吐き出すと、
次郎もいっぱいいっぱいといった感じで頭を下げる。

お互い真っ赤になって頭を下げたまま、しばらく沈黙が続いた。

「……でも……父と、照美さんのお祖父さまが進めようとしている縁談は……
父に頼んで、なかったことにして、もらいます」

頭のてっぺんまでのぼせ上がっていた照美は、次郎の想定外の言葉に水を差される。
「え…………」
「この縁談が決まれば、それは嬉しいですけど……
誰かに言われて決めたくは、ないんです。
それに照美さんがこういうことで縛られているのを見るのも、嫌なんです」

「……泉君……」
「………見ての通り、僕はまだまだ未熟者です。また昨日みたいに、
照美さんを困らせることだって、この先あると思います。こんな今の自分が、
……親の力を借りて照美さんをお嫁さんにしようなんて、
おこがましいにも程があります」

「だからそうやって!もっと自分に自信を持てって、さっきも……」
相変わらず腰の低い次郎に、照美は思わず怒鳴りつけようとしてしまう。

「ですから!僕が……もっと、自分に自信が持てる……しっかりした男になるまで……

………………………………………………………待っていて、もらえませんか。」










午後3時、長野駅。

「送ってくれて、ありがとうね。ってかあなたのマイカー、軽トラなの!?
斬新すぎでびっくりしたわよ!!」

次郎のマイカー…軽トラで駅まで送られてきた照美は、
新幹線のホームで怒鳴り散らす。

「確かに見た目は悪いかもしれないですけど…
荷物が多いときとか、すごく便利ですよ?」

「ま、まぁ実用性だけなら確かに……それよりあなたはいつ東京に帰るのよ?」
「…実は明日も、父の関係のパーティーがあって、
どうしても出なければいけないんです…。明日の夜には帰りますよ」

照美の問いに、次郎は「めんどくさいなぁ」という感じに苦笑いする。
(政治家の息子でも、パーティーはめんどくさいのね。
…ふふ、あたしと、同じなんだ!)

そんな小さなことでも、自分と同じなんだと思うと、なんだか嬉しくなった。

「それじゃ、行くから。また、会社でね!」
重たい大荷物を小さな身体で抱え、照美は新幹線に乗り込んだ。
窓の外では次郎が笑顔で手を振っている。
照美が胸を高鳴らせた、あの裏表のない、心からの笑顔。








「いい男になるまで……か。今でも十分だと思うけどね。
 ………まぁどこまでいけるか、お手並み拝見ってところかしら。」




(おわり)