20110102

「めんどくさい…」

いつだか、祖父に連れられて来た時も同じ言葉を吐いたっけ。
そんなことを思い出しながら、南十字照美は実家の老舗和菓子屋「南屋」の従業員が
運転する車で、
実家の近くのとある場所を目指していた。
「照美さん、ここです。着きましたよ」



緑の多い、閑静な住宅街の中に、ひときわ大きな木造のお屋敷。
手入れの行き届いた、広い広い日本庭園には、小さな川まで流れている。
「……さすが、県内一の政治家のお屋敷ってところね……」

ここは照美の地元である長野県では右に出るものが居ないと言われるほどの政治家・
泉 孝信の邸宅。

去年、孝信と知り合いであった祖父に無理矢理連れてこられた、
還暦祝いパーティーで初めて会って以来、
孝信にとても気に入られてしまったらしく、
今度は祖父とは別に、
照美本人宛てに東京のマンションに直接、
新年会の招待状が届いたのだった。

(ホント、めんどくさいし断りたかったけど…お偉いさんのお誘いを蹴るのも…ねぇ…)

受付を目指し、とぼとぼと歩く照美。
この間は、心底面倒くさくてパーティーが適当に進むまでトイレに篭っていた。
だが今回は……
(そういや、「彼」も来てる……んだろうけど、どこにいるのかしら)
「彼」とは、この新年会の主催者・孝信の息子であり、ねぎ秘密結社の営業の
泉 次郎のことである。

照美が孝信に気に入られた理由は、照美にはよくわからないが、
孝信が密かに「照美を次郎の嫁に」と勧めたがっているのは、祖父を通して気づいていた。
照美が知らないところで、孝信と照美の祖父の間では、
最近その話で盛り上がっているのだという。

(全く……人の結婚相手を本人の意志を無視して決めないでよね……)

この新年会への参加も、強制ではないにしろ、こちらから断れる空気ではない。
それを先方は承知で、自分を招待し、裏で何か着々と進められている気がしてならない照美は
うっすらと不快感を覚えた。
だが、この「形の見えない縁談」については、恐らく次郎の方も照美と同じく
「主役だけど蚊帳の外」であろう。
もし彼がこの話に絡んでいたり、乗り気であるならば社内でももっと
積極的に関わってこようとするはず。

だが実際は、会社で頻繁に顔を合わせるものの、挨拶以外の言葉は交わしていないのである。

ややこしいことをモヤモヤと考えていると、会場には次第に人が増えてきた。
以前の還暦祝いパーティーと同じく、TVなどでよく見かけるような有名人も
ちらほらと集まってきた。

しかし相変わらず、知らない人ばかりで心細くなってくる。
この大勢の参加者の中で照美が唯一顔を知るのは、次郎だけなのであった。
孝信や祖父にはめられている気がしてならないが、
それでも照美は次郎の姿を目で探し始めた。


「失礼いたします。南十字照美様ですね」

きょろきょろとしていたら、突然、会場のスタッフと思われる女性に声をかけられた。
「え?あ、はい、そうですけど」
「どうぞ、こちらへ」
照美は、スタッフの女性に案内され、中庭の日本庭園に続く通用口へと通された。





「南十字部長、こんにちはッス!!!!」

連れてこられた中庭にはなんと、次郎が一人で待っていた。
「こ、こんにちは。泉君。ここは……?」
いきなり二人きりとは、これももしや祖父と孝信の策略…?
怪訝な顔をする照美に、次郎が苦笑いしながらこの状況を説明する。
「南十字部長、知らない人ばかりに囲まれて、つまらないし寂しそうだったッスよね?
だから、ここに…。でも前みたいに、自分が連れ出すと大騒ぎになるかと思いまして、
さっきの女の人に頼んでおいたんッス」

傍から見るとそんなにつまらなそうな顔をしていたのだろうか。
せっかく招待されたパーティーでそんな辛気臭い顔を披露してしまっていたなんて、と
照美はちょっと反省する。
困惑する照美を、次郎が実に嬉しそうに見つめる。
「な、何よ?」
「……やっぱり、着物よくお似合いッスね!」
満面の笑顔で、照美の振袖姿を手放しで褒める次郎。
普段、占い師をしている照美にはよくわかる。
この笑顔は社交辞令でも愛想笑いでもない、心からの笑顔だと。
素直に褒められ、照美は頬を赤くして、不覚にも胸を高鳴らせた。
(な、何ドキドキしちゃってんのよあたし!…この人、あたしのいくつ下だと思ってるの!?)
冷静さを取り戻そうと、照美は次郎が自分より6歳も年下であることを言い聞かせる。
「そ、そりゃそうよ!前に着てきた有り合わせじゃなくて、今日のはちゃんと、
東京のマンションから持ってきた、一番気に入ってるのを着てきたんだもの。
化粧だって、自分で納得いくようにしっかりしてきたし!ってか褒めるの遅いわよ!」

「す、すいませんんんっっ!!!」
更には自分を誤魔化すために、照美は必死に説明をし、虚勢を張った。

「それにしても…またここで南十字部長に会えると、思ってなかったッスよ。
まさか父が招待状を送ってたなんて……断ってもよかったんッスよ?」

「何言ってるの、あなたのお父様から誘われたら断れるわけないじゃない!」
「人にはそれぞれ都合や事情があることくらい当然ッスし、
そのくらいで父は怒ったりしないッスよ。実際今日欠席してる人も何人かいるッスよ」

言われてみればそうなのだが…それは息子だからそう言えるのではないだろうか。
そう突っ込もうかと思ったが、何か自分だけが政治家・泉 孝信の権力に踊らされていた
気がしてきた照美は、溜息をついた。
そんな照美をよそに、次郎は大理石でできたベンチに照美を案内する。
「お腹すいてないッスか?
こっちに会場の料理少し持ってきてもらってるッスから、どうぞ!」




持ち込んだ料理は、本当に少しだったので物足りない感じはした。
だが知らない人に囲まれて満腹食べるよりは、ずっと美味しかった。
照美は、次郎の心遣いをくすぐったく思いつつも、内心とても嬉しく思った。
……次郎は、どう思ってるのだろう?

「……泉君、例の話、どう思ってるの?」
「例の話?例の話ってなんッスか?」
「あなたとあたしの縁談よ!何も聞いてないとは言わせないわよ!?」
「ぶっ…… え、縁談んん!!?? そんな話になってるんッスか!!??」
どうやら次郎は、父から軽く「照美さんをお嫁さんにどうだ?」程度にしか
尋ねられていないらしい。

その時は冗談だと思ったらしく、それから深く考えることもしなかったとか。
28歳の照美には現実味を帯びた話だが、22歳の次郎には結婚は
まだまだ夢物語であったということか。


照美は、祖父と孝信が陰で自分達を結婚させようと計画している、ということを話した。
だが次郎は、最初は驚いたものの、いきなり突きつけられた「結婚」の二文字に、
意外にも冷静な見解を返してきた。
「南十字部長のお祖父さまも、父も、無理矢理この話を推し進めようとはしないッスよ。
それに、結婚って最終的には本人同士が決めなければ決まらないものッスよね?」

それはその通りだ。周りが何をしようとなんて言ってこようと、
結婚は周りが決めるものではない。


「だから、南十字部長にその気がなければ、この話は絶対に進まないから、大丈夫ッスよ」

照美が納得しかけたその次に続いた言葉が、照美の胸に軽く突き刺さった。
「……………」
「南十字部長が自分と、なんて……ありえるわけがないじゃないッスか!
南十字部長だって、迷惑ッスよね!こんな自分と……」

笑顔で可能性を否定する次郎に、照美の胸が少しずつ、鉛のように重くなる。
「……南十字部長?」
黙り込んでしまった照美の不穏な空気に、ようやく気づいた次郎は心配そうに問いかける。
何かまずいことを言ってしまっただろうか?
そう思った次郎の表情に、次第に焦りが見え始める。

「……何が……ありえないのよ……あたしだってあなただってフツーの男女でしょ!?
何を根拠に、あたしがあなたを絶対に選ばないとか言えるワケ!?
じーさん達が勝手に決めたから?
……あなたが、年下だから?職位もあたしの方が上だから?
そんな下らない理由で自分の結婚に簡単に結論出さないわよあたしは!!」

「み、南十字部長……!?」
「それとも逆?こんな年上の小うるさいババアなんてそっちからお断りってこと!?」
「ば、ばばあ?な、何を言ってるんッスか!!??
 南十字部長みたいな綺麗で有能な女性が自分なんかを選ぶわけがないって…」

「もういい!あたし帰るから!!」









自分との結婚など、ありえるわけがない――――――。
そう言い切られた瞬間、彼にとって自分は相手として認められなかったんだ、と思うと、
悔しくて悲しくてたまらなくなってしまい、気づいたら怒鳴り散らし、
泉邸を飛び出していた。


怒鳴って彼を責めながらも、照美は気づいてしまった。
地元の権力者には逆らえないから。祖父と孝信が勝手に話を進めようとしているから。
そういった理由に責任転嫁して、自分こそ次郎のことを一人の男としてどう思ってるかなど、
今の今まで考えていなかったかったことに、気づいてしまったのだ。
なのに、それを誤魔化すかのように次郎ばかりを責めてしまったことを、深く後悔した。

「あぁ…なんか、あたしサイテーだ……」

正月休み明けから、会社で次郎と、どう顔を合わせればよいのか。
照美は頭を抱えながら、迎えの車に乗り込んでいった。



(続く)